海の指針

2007.09.05 Wed

   コンパス

子供たちとヨットで海に出たとき、ある子が船についているコンパスに興味を示しました。

「なにー?これ?」
「これはコンパス。方角を確認するものだよ。北とか南とか・・・。知ってる?」
「しってるー!」(さすが小学生)
「じゃあ、北の空にいつも輝いてる星の名前は知ってる?」
「しってるー!えーとねー、えーとね・・・・ほ・・・っかいどう!」
「惜しいっ!でも漢字三文字でよく似てるよねー。」

思わず大笑い。
ごめんねー、笑っちゃって。でもツボにはまってしまいました。

彼女は、北極星を直に見上げたことがあるでしょうか・・・・。
二等星ですから、見つけ方を知っていさえすれば、都会からだって見られます。
でもきっと、真っ暗な山の中や海の上で、しばらくずっと見つめていると
北極星を中心にまわりの星が回っているのがよくわかって
教科書の図表でしか理解していなかった事柄が実際のこの自然の中で証明されることに
強く感動することは確実です。
子供たちに、星を見上げる機会を作ってあげることは、とても大切です。
いや、大人だっておんなじですが・・・・・。

昔から「北極星」は船乗りには特別な星でした。
天測航行をしていた時代、いつもそこに「いる」この星は船乗りに方角とともに
きっと安心感ももたらしたように思います。。

夏の間、「夏の大三角」を見あげるのが習慣でした。
見上げるたび、6月の北海道で観たあの夜空を思い出します。
今度は秋の星座を少し学んで、清んだ秋の夜空を息子と見あげてみましょうか・・・・・・。

  1. 2007/09/05(水) 00:31:13|
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「道具」がへだてる自然との距離

2007.08.18 Sat

海と向き合うとき、その「距離」についてよく考えます。
一番近いのは、裸のままの自分。
そしてサーフィンやウィンドサーフィン、そしてカヤックやディンギー
そしてセーリングクルーザー・・。
果ては大きなモーターボート。
どんどんその「道具」が大きくなると、その距離が離れてしまう気がします。
それは自分が「海」から感じる「なにか」が少しずつ希薄になるということです。

もちろん、太平洋を泳いで渡ることはできません。
そのときはセーリングクルーザーでゆくのはミニマムな選択でしょう。
そしてそれたち自体の楽しみが深くあるから、否定するもでもありません。
でも、いつも「海」との間にはミニマムなものしか置かない姿勢は、やはり大切です・・・・。

クライミングの世界でもそうでした。
垂直の壁、オーバーハングした壁もドリルで穴をあけ、ボルトを打ち込めば
登れない場所はありません。
8000mを超えるヒマラヤの高峰も背負っていったボンベの酸素を吸えば
もうそこに居る意味がわからなくなる・・・・。
そこを感じたいから、そこにいるのではないのか。
そうならば、なぜ感じられなくなるような「道具」をそこに持ち込んでしまうのか。
美しい岩の前で、無防備で謙虚でありたい・・・・・・。
そんな思いから「フリークライミング」が始まり、そして発展させたのだと信じています。
フリーであること・・・・それはいろんな「もの」から解き放たれた無垢の状態であること。
そんな状態で壁と向きあえば、それは「自然に挑む」なんてものでは決してなく
結局、自分と向き合うことになるのだとぼくは気づいたのでした。
ですから、その「山」や「壁」や「岩」を自分と向き合うための「プロブレム」と呼んでいたのです。

人の感性は繊細なものです。
ぼくのそれは、少し脆弱でもあり、ちょっとしたことで萎えてしまいます。
萎えてしまうと、殻を閉ざし、しばらく心が響かなくなってしまうことも。
だからいろんな「もの」に邪魔をされないように、いつも「シンプル」な状態を
心がけねばなりません。

「挑む」のではなく、そこに「存在」させてもらうために。
「存在」して、自分をみつめるために・・・。
自然に対するリスペクトと、自分の感性を大切にするために・・・・。

  1. 2007/08/18(土) 07:04:28|
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ライフジャケット

2007.08.17 Fri

西湖

独りでヨットに乗ることが多いぼくは、必ずライフジャケットをつけます。
これはもちろん、「常識」です。
法律で定められなくとも・・・・です。
もし、独りでセーリング中ヨットから転落し、そのまま船は自動操縦で進み
自分は海原に取り残される・・・・・。
想像したくない状況ですが、波などで不測のロールをした場合など
起こらないとはいいきれません。
海に落ちた自分は、いかに泳ぎに自信があったとしても、沖合10マイル以上から岸へ
泳いで辿りつける可能性は低い。
暖かい季節ならまだしも、水温が低い時期なら30分ともたないでしょう。
それを着けているかいないかでは、生存の可能性は圧倒的に違います。

息子と海で遊ぶとき、何か不測の事態が起こったときぼくは彼を守れるか・・・・・。
いつも考えます。
ですから、その予防のひとつとして、プール以外では彼にもちゃんと
ライフジャケットを着てもらいます。
もちろん、少し邪魔なのですが、それでも浮き輪の代わりくらいに考えて
それに慣れてもらいます。
そしてそのジャケットも、彼の体にフィットしたものであることが大切です。

犬のさくらは無類の「水好き」。
水を見れば、すぐそこへ入っていき、泳いでまわります。
ぼくがカヌーで沖へ出れば、ずっとその後を泳いでついてきます。
でも彼女は高齢。
どんなに泳ぎが好きで得意でも、心臓発作だってあるし、足が片足つっただけで溺れてしまう。
だから最近、さくらも泳ぐときにはライフジャケットをつけてもらうことにしました。

息子もさくらも、さして嫌がらずそれをつけて遊びます。
もちろん、傍にいるぼくもお手本として着けています。

西湖での水遊び中。
ぼくは息子たちの前でライフジャケットをつけたまま、桟橋から飛び込みをして見せました。
水深は1.5mほど。
ライジャケもつけてるからそんなに沈まないとふみましたが、想定外・・・・・。
飛び込み角度が急だったこともあり、すぐに水底へ。
しこたま鼻を湖底に打ちつけました・・・。
ぼくは鼻がツーンとして、少し気が遠くなり、そのままライジャケの浮力で水面へ。
幸い大事には至りませんでしたが、不測の事態はいつでもおこる・・・その身で感じました。

大好きな海、湖、川・・・・・そんな場所での悲しい事故がなくなることを願ってやみません。

ライフジャケット

  1. 2007/08/17(金) 07:00:44|
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湖の風に乗る

2007.08.15 Wed

西湖での翌日、山中湖へ向かいました。
ここはあの静寂の湖と比べ、実に喧噪です。
モーターボートが走り、湖畔には観光客を乗せたバスが行き交います。
それでも夕方になると、だんだんと静かになり
そこを渡る風の動きが感じられるほどになりました。
ぼくは通りががりのマリーナに立ち寄り、そこに置いてあるヨットを貸してほしいと頼みました。

小さなヨット(ディンギー)に乗り込み、メインシートを引けば、スルスルとそれは動きだします。
風は息をするように、強くなったり弱くなったり・・・・・。
ガスティーではありますが、小さなヨットは一度走り出せば戸惑いなく湖面を滑ります。
水面は、僅かな風紋が見て取れますが、あくまでも滑らか。
音もたてずに、小さなヨットは湖の中心に向かって、滑ります。

ぼくは、楽しんでいました。
不安もなく、課題もなく、ただ単に「セイリング」を楽しんでいました。
風の息吹きに合わせ、シートを引き、シートを出す。
そして舵を少しきったり、戻したり。
この湖をわたる風を感じていました。

いつしか頭の中をある曲が流れ、やがて口ずさみました。
それはロッド・スチュワートの「セイリング」です・・・・。

♪ I am sailing,
I am sailing home again 'cross the sea.
I am sailing stormy waters,
to be near you,
to be free.  ♪

このゆったりしたリズムが好きです。
このゆったりとした雰囲気が、今日のこの時にぴったりです。
ぼくは最初のフレーズを何度もリフレインしながら、湖の上をずっと滑っていました。

この歌は少し重い内容です。
でも、それを希望に満ちたメロディーに乗せていて暗さを感じません。
船で海をゆくとき、確かに「合う」歌です。
静かな「海」で過ごすとき、歌詞の内容を深く考えないで聞いても
とても心地よいメロディーであることを、あらためて感じました。

山中湖の夕暮れは、大きな富士山に見守られています。
小さなヨットを桟橋にかえし、シルエットになっていく富士山を見ながら
思わず至福な気持ちになれた「とき」の余韻に浸っていました。


山中湖

  1. 2007/08/15(水) 06:36:17|
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海に感謝

2007.08.06 Mon




暑い日でした。
ホーム・グラウンドの知多半島・新舞子海岸は、ウィンドサーフィンのレースと
そして対岸の砂浜の「山」のような海水浴客で、「夏」そのものでした。

今日はお店のイベントのキッズ向けウィンドサーフィンスクールが開催されました。
年少の子供たちから、小学生までたくさんの子供たちが参加して、嬉しいイベントでした。
子供たちが海に関わるチャンスです。
そしてそこから「海」やそこに住む生き物たちや、その先には「環境」や
そんなことに思いをよせることができる次の世代を育てるチャンスです。
楽しげな子供たちの顔を見ながら、ぼくが今温めている次にやるべきことに対して
「確信」のようなものを感じたのでした。

その後、ぼくと息子は新しい「おもちゃ」で遊びました。
それは「カヤック」です。
これは折りたたんで収納できる「フォールディング・カヤック」というものです。
基本的には二人乗り、子供となら三人だって可能です。
悪戦苦闘しながらもなんとか組み立てて、いざ海へ・・・・。

ウィンドサーフィンには少し怖じ気づいてしまった息子ですが
このカヤックは例のゴムボートと同類。
不安なく乗っています。
少し漕げばすぐ海原に出られます。
沖合から「陸」を眺めることができるのです。
ぼくたちはしばらくの間、沖合いの散歩を楽しんだのでした。

息子は少しづつ、海との関わりを増やしています。
海に行くことが普通になりはじめています。
ゴムボートでも、カヤックでも、そしてワカメ拾いでもいいのです。
自然の原点である海との関わりを、楽しく遊びながら深めていくことで
きっと彼の中に深い何かが残る気がします。
そして同時に、ぼくにも「海」があらためていろんなことを教えてくれています・・・・。

今日は多くの友人に海で会うことができて、それが嬉しかった。
ウィンドサーフィンからはしっかりと引退してしまったけど、こうしてそのころの友人と
「海」で繋がっていることが嬉しい。

いろんな意味で、「海」に感謝です。

  1. 2007/08/06(月) 01:28:06|
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